メタヘルスについての個人的考察

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2016年早々、12月は一時中断していた­­メタヘルスのケーススタディーを再開したのですが・・・なんとその日は予定は入っていないと何故か信じ込んでいて、ふとFBのメッセージを確認したらまさかこの日にお願いしていた方がいたのをすっぽかしてしまっていたことに気づく━━Σ(゚Д゚|||)・・・という大失敗から始まりました。

最近、といってももう一年以上ですが、現在の腫瘍科(化学療法外来)での医者の仕事は実は患者さんに為になっていないのではないか?でも、抗がん剤で数週間と思っていた方が1年くらい持ったこともあるし、予後は悪いと思っていた方で数年間無事に過ごせた方も少数ながらいらしゃるし、補助化学療法などの二重盲検臨床試験の結果の有意差をどう説明するのか?

いやいやでも実際に多くの患者さんでは化学療法が役に立っているとは思えないぞ、化学療法の副作用で亡くなる方だっている、、とか、じゃ医者の仕事を辞めたらどうするの?無職無給だぞ、実際に病院には大変な病気の方が来るのだからその接点をなくすことは今後助けになれるかもしれないきっかけを失うことかも?でも、メタヘルスをはじめ、プラクテシショナー/セラピストに私は本当になれるのか?だいたいケーススタディーを忘れるなんて真剣さが足りてないぞ。メタヘルスはとても興味深けど、自分が実際に深いレベルで使いこなせるようになるのだろうか?ひいては、テロは怖いな、飛行機は落ちないだろうか?などと思考は暴走するする(笑)!!

・・・などということを悶々と考えていて、モンモンモンモンモンモン・・・してました。そんな昨夜の真夜中2時(ありがち~笑)、ああ、わたしはまたやっているな~。

「ワタシハ ナニモノカニ ナリタイ、ナラナケレバ ナラナイ」

と思っていたことに気づきました。

これまで学んできた中で、わたしにはどうも「アイデンティティー」を求めるパターンがあることはわかっていて、以前にも「人には今世で果たすべき大事な役割がある」というビリーフにも気づきましたが、まだその派生があったということみたいです。

ふと横で寝ている5歳の息子の寝息をただ感じながら、時々彼の手で髪の毛をわしづかみにされながら、自分の鼓動をただ感じていました。

ドキドキっと動悸がしました。思えば、最近、ごく短時間動悸がすることがあったことを思い出しました。キューっと心臓のあたりに感じることも1-2回あったなあ。

あ。。。

メタヘルスの辞書とはちょっと違う解釈だけれど、心臓=核の私、わたしのアイデンティティーだなあ、と。

正常レベルでの生理的な波から、

精神的に揺れ動くレベルの波へ、そしてストレスがさらに高じると、

感情が揺れ動くレベルの波へ、さらに

行動パターンが変化するレベルの波へ、ついに

身体の症状として現れるレベルへ、そして

実際の病理レベルで組織臓器に変化が起こるレベルへ、最後には

生死に関わるレベルへ。

波が小さいうちに気づいてあげることは、実際の病気になる前に予防すること、だなあと思いました。

メタヘルスは基本、身体症状をきっかけとして、その深い原因を探っていこうとしますが、症状にでる前のレベルで自分の思い込みのパターン/ビリーフに気づいて変えていくことは、将来の病気を未然に防ぐ「未病を治す」そんな使い方もあるのじゃないか。やっぱり面白いなあ。

昔は思考が偉いと思っていましたが、私たちの身体はその以前にすべてを正直に教えてくれているのだと改めて感じ入りました。

私はやっぱり医者なので、身体の症状に興味があるし、そこをきっかけにその真の原因を知りたいと思っているのだなということもわかりました。

なんか、うれしいな♡

まだまだいろいろもがくと思うけれど、自分を信じてやりたいことをやっていこうと思います。

 

 

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私の小さな皮膚白斑

先々週、イギリスのSolihullへ Meta-Health Practitioner Training Module 1に一週間行ってきました。思えば、最初に「メタヘルス」というものを聞いたのは5年くらい前。自分でちょっとネットサーチしてみて、「なんじゃこりゃ?エビデンスなんてないじゃん。ボツ。」と却下したものの、、、数年後に参加した別のユニークな2週間のカウンセリングコースで再度話を聞く機会があり、

“は~?右乳房と左乳房の腫瘍で感情的な原因の意味合いが違うだとー?ふざけるなー!”

“感染症は外部からの病原菌の感染が原因じゃないだとー?どんな医者の口がそんなことを言えんねんっ!!”

と吐き気を催すほど、怒り&不快感一杯だったことをよく覚えています(特に癌のことをいろいろ言われるとものすごく頭にきてましたね~笑)。

さて、しかし、、、、、しかしながら、いわゆる代替医療・補完医療に関して猜疑心&拒否感一杯だったわたしですが、とにかくも自分自身の目で、自分自身の体で確かめてみるんだ、そして判断しよう、ととにかくオープンでいようと決めました。日々診ている癌化学療法中の患者さんたちを見ていて、「本当にためになること、癒す手段は他にあるのではないか?」とふつふつと、理性が押さえ込もうとしてもどうしても感じてしまう思いに決着をつけたいということもありました。

そして、2014年3月に週末3日間のメタヘルス入門コースにSolihullまででかけ、いろいろな話をふーん、ふーん、と聞きつつも、実際に参加者でペアワークをしたときに、じゃ、試しに前年の2月くらいから気づいた右眉の小さな皮膚白斑(しろなまず)はどうしてできたのか?をやってみようと思いました(2013年3月に日本に一時帰国したときに念のため皮膚科に行き、あっけらかんとした面白い女医先生から「あら~白なまずね~。顔なんかにできちゃって・・・」と憐れみの表情をされて、とりあえずはということでステロイドクリームをもらいました。で、2日くらいつけてましたが、なんか、もういいや、広がって顔中白くなっちゃうかもしれないけどそのときはそのときで化粧とか考えようと止めました。)

メタヘルスでは、臓器&組織層によってどんな症状と感情とが結びついているのかということを体系的に説明しているのですが(辞書みたいになってます)、

「Vitiligo(皮膚白斑)-Brutal separation (残酷な別れ)」

の文字を見たとき、一瞬にして号泣してしまいました。

2013年1月に第2子を10週で流産したときの悲しみが押し寄せてきました。

その後、コースの先生たちにフォローしてもらいながらコースは終わり、その後も自分なりになんで右眉だったのか?も納得しました。

もちろんエビデンスなんてありません。本人が深く腑に落ちるかどうかだけですが、「病は気から」という古くからの言葉も違う角度から解釈すれば、実は本当なんじゃないか。。。と思うようになりました。

そして、一年後、いよいよ本格的に学ぶコースの最初のモジュールに参加してきました。正直、医者になるために何年も勉強してきたこと、医者になってから今年20年にもなる間に勉強してきたこと、信じてきたことはある意味「自分自身の根幹」であるが故に、これを揺るがすようなもの(メタヘルスとか・・笑)を受け入れるには時間と根気と勇気がものすごくかかりました(今でもまだその途上です)。

ま、しかし、人生は一度きり、面白いと思ったことを趣味の延長みたいな感じで学んでいこうと思うのです。そしてその先に・・・・・。

(わたしの右眉の写真は3ヶ月ほど前に撮ったものなので、すでに皮膚の色は白くはなく、その部分の眉毛がまだ小さい範囲で白髪になってます)

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三つ子の魂百まで。

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最近、海外に住む同い年のイトコのことを考えていました。

20代から日本を出ていましたが、この数年実家と連絡を取らず(彼女なりの理由があるとはわかっていましたが)、年老いてきたご両親の気持ちも痛いほどわかり、どうにか消息がつかめないかと当地の日本人コミュニティ掲示板に広告を出したところ、とある電話番号を教えてもらいどうにか彼女が無事で、働いているらしい・・・ということまではわかりました。

長女で、年下の兄弟に比べて自分はかわいがってもらえなかった、という彼女なりの深い悲しみや怒りが根底にあって、若いころ精神的にも大変だった時期があるのは知っているし、だからこそ、海外に出て、彼女なりに自由に頑張っていました。

でも。。。もう40歳も過ぎて、ご両親から多大な経済的な援助も受け続けてきて、それでもまだワダカマリは消えないの?いい加減にしたらどうなの?という思いが出てきて、そんなことを母に話したところ、同じ「長女」の母、76歳ですが

「弟や妹に比べて本当に損な役回りだったことを思い出すと(小さなときの思い出から、母だけ経済的な理由から大学に行かせてもらえなかったことまで長きにわたります)、今だに心がザワザワする。何かのテレビで、赤ちゃん/小さな子供のころの記憶は、いくつになっても、頭ではわかっていても、やっぱりもう一度赤ちゃん返りしてミルクを抱っこして飲ませてもらうようなことをしないとだめだと言っていたわよ」と言っていました。

そうだろうな・・・。

「三つ子の魂百まで」ということわざは、小さいころの性格は年老いても変わらない、という意味だと思いますが、なんだか、小さいころの感情/魂の思い、はいくつになっても続きうるという解釈もできるな、と思いました。

彼女と話せるときがきたら、彼女が望めばだけれども、その頃の小さなEちゃんをよしよししてあげたい。

「死んで生き返りました れぽ」というマンガを読んで

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1週間ほど日本に一時帰国していました。

日本に里帰りするときは、事前にアマゾンで読みたい本をバシバシと注文しておくのですが、それでも実際に自分で本屋さんに入って「面白そうな本はないかえ~♪ たまにしかこれんのじゃから、視界に入ってアピールしておくれ~」と思いながら店内をぐるぐる回遊魚のように周回するのが楽しみです。

で、この本と目が合ってしまったのですが、なんだか重そうなタイトルだなーーーと思いつつ、ま、でもマンガだから気楽に読めるかな、と思って購入しました。

結果、わたしにはとてもいい本でした。

1.医療者としての基本の姿勢、優しさを再認識させてくれたこと。わたしも忘れていたわけじゃないとは思うのですが、、、やはり忘れていたのかも。ありがたかった。特に、ドクターが「絶対に助けようと思っていました。ぼくらと一緒に元気になろな。」というセリフ。わたしは多くは転移癌の患者さんをみているので、このようなことをもう長いこと言っていなかったな。また言いたいな、言えるようにがんばりたいと思いました。

2.よく言われていることですが、意識不明の状態でも聴覚などは残っていること、言葉の意味は理解できなくても「ニュアンス」はとても伝わっているのだということ、など実際に経験された方の言葉を読むことはとても勉強になりました。

3.最後にメタヘルスの観点から。

この作者の方はおそらく30歳代くらいと思いますが、ご本人いわく「不摂生」で糖尿病、ケトアシドーシス、横紋筋融解症、急性腎不全、栄養失調、肺炎、敗血症、心配停止、脳浮腫という見事なまでの(笑)超重症から奇跡的に回復されたそうですが(現在は投薬もまったく必要なしだそうです)、ご自身が病気を振りかえって

「人生は楽しいと今まで思ったことはあっただろうか。そのときどきの小さな喜びはあったかもしれないけど、心から楽しかったことはあっただろうか。私のこの病気はそういうところから始まっていたのではないだろうか・・・と思いました」

と書かれていましたが、この文章にわたしはとても心が打たれました。

病気の原因を自分の中に探そうということはとても勇気がいることと思います。そして決して「お前(私)が○○だから、こんな病気になったんだ!」と責めるのではなく、その原因に気づき、寄り添い、癒していくことは、病気の回復にとても有効ではないだろうか?思う今日この頃です。わたしはまだその探検のスタート地点にいるに過ぎませんが、ドキドキ&ワクワクしているみたいです。

「私は異常な子?」という思い

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小貫淳子さん(Energy CuRE   http://rockwater.blog116.fc2.com/

が主催しているオンライン抑圧/投影道場に月一回参加しています〔投影:私が現実だと思っている(表面的に現れること)を深く問いかけていくことで、そのもとになっている抑圧している思い(潜在意識に隠されていたこと)を探っていきます〕、

わたしがパートナーに求めるものは何?という問いにわたしが答えたのは「安心感」だったのですが、そのもとを手繰っていくと、なんと「わたしは異常な子」という思いが出てきました。それを口にすると、ゾワゾワした感覚がくるのでコア・ビリーフに近いものだろうと思います。

これがどこからきたものかはまだわかりませんが、多分ひとつには私は子供のときから(もっと言えば赤ちゃんのときから?笑)背がすごく高くて、小学生3年くらいのときかな?そのころ「健康優良児賞」というのがあって、私は健康だしそれなりに勉強も運動もできるし、今から思うと笑っちゃいますがなぜだかその賞をてっきりもらえるものだと思っていたのです。が、結果は背が「異常に高すぎる」のでもらえませんでした(ま、小学生で170cmありましたからね笑)。他にもこのコアビリーフを作った出来事はあるとは思いますが、それはおいおいの課題として。

少なくとも「私は異常な子」という隠れていた思いから投影していたこと(私のこれまでの現実を作ってきた思い)は、

他の人から「変な人、普通じゃない人、出来が悪い人」などと思われることを極端に避ける。

そーのーとーおーりー!!!

そして、もうひとつはその真逆になります。

他の人から束縛される、コントロールされるのが大嫌い!

・・・昔とある先生から「君は付和雷同だね」と嫌味を言われたほどわたしはおとなしいと思ってましたが、よく考えたら医局という「日本的組織」に馴染めず(個々人の先生方はとても好きでしたけども)、「ああ、このままここで働き続けていたら、鬱になってコンビニ弁当ばっかり食べちゃって体を壊して死んじゃう~!」と本気で思ってイギリスに飛び出して来ましたね・・・・。

そ、そ、の、と、お、り!!!

少なくとも、こういうことだったんだ、と気づいた今。他の人からバカだろうが、変な奴だとか思われようが、あまり気にならなくなりましたし、権利を主張するとかそういうことでなく、ふつうに「自由でいたいな」と思います。

がんは治らなくていい!?-友人からもらった言葉

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わたしは現在イギリスの病院でがん化学療法部門に勤務しているので、日々いろいろながんの化学治療(抗がん剤)中の患者さんを診ています(日本で医学部を卒業したころから考えると、科は違えどもずっと「がん」という病気を20年近くみていることになります)。もちろん、効いて欲しい、少しでもよい状態を、と当たり前のように願っているのですが、いつのころからかふと、「癌は治らないといけないのだろうか?」と思うことが出てきました。そのたびに、「バカ医者!私は一体なんていうことを考えているんだ、このバカバカ!!」とマッハの勢いで打ち消していますけれど・・(笑)。

数ヶ月前、友人から連絡をもらい乳癌ができたと聞かされました。マンモグラム、超音波、組織検査など総合すると、まだ早期のようだし、てっきり手術だけはするものかと思っていましたが、彼女は自分自身で深く考えた末に治療を受けない、という選択をしました(すごいところは、彼女のみならずご主人もまだ育ち盛りの子供たちも彼女をサポートし続けたということです)。彼女の主治医も面食らったそうですが、ともかくも3ヶ月後に超音波でフォローだけはするということになったそうです。あとは、わたしと彼女からのメールの一部を抜粋します。

私は、目からウロコどころか、頭がドボッと落ちました。

彼女も書いてくれたように、わたしも「本当の自分探し」の途上らしい・・・。

・・・わたしも○○さん、3ヶ月後どうなっているかなーと思っていました。

小さくなっていてよかったです!!

実は、信じて、というか、期待していたものの、悲しい医者のサガ!?やっぱりちょっと心配だったのです。自分でもいろんなことを勉強しはじめたり、本を読んだりして、癌みたいなものでも自然に治ることがある、ということは知識とは知っていても、実際自分の知っている人で起こったことはないし、患者さんでも見たことはないし・・・と信じきれずに苦しかったのです。なので、○○さんのご報告は読んだあとも、その翌日も、翌々日も、ジーンと染み入ってきます。本当にありがとうございました。・・・ところで、わたしが今読んでいる本をおすすめしたいと思います。○○さんが実践していることそのままだと思います。○○さんのメッセージに元気をもらったお礼です。そのうち届きます~

 

・・・帰ってくると真理ちゃんからの本が届いていました。ザーッと初めの紹介部分と内容の構成を読んで、大体どんな本なのかわかったような気がします。このような本を医者の立場で書くことは大変勇気がいることなのでしょうね。自分の職業的価値体系に真っ向から反対しているのですから。その勇気に比べれば私などはそういうプレッシャーが無いので、癌に関しても自分の体に感じるままに動いていればいいのですから気楽なものです。

癌が奇跡的に消えてしまったとかいう話は(スピリチャル系の本などで)よく()聞きますが、実は自分の癌が消えるとか治るとかいうことには、私は関心が無いのです。自分の中にできた小さな癌は、これから消える(悪さしない)かもしれないし、広がって私の体を滅ぼすかもしれないという「可能性」を秘めた爆弾のようなものです。でも考えてみると、癌で死ななくても明日交通事故で死ぬかもしれないし、どこかで滑って頭を打って死ぬかもしれない。そういう「可能性」もずっと前から私の周りにウヨウヨしていたでしょう。じゃあ結局、癌が見つかったからといって特に何も今までと変わってないわけです。

大切なのは、どれだけ長く肉体の命をもたせるかではなく、肉体を超えた「本当の自分」を見つけることでしょう。今回の癌騒ぎ(?)はそのことをはっきりと自分に教えてくれました。そのために今このタイミングで自分に癌が見つかったのだと大いに納得しています。ですから私の可愛い「Canちゃん」は、これからも必要なだけ私と一緒にいると思っています。私の「本当の自分探し」に必要なくなったら、その時がお別れの時だと思っています。肉体から静かに消え去ってていくのか、肉体()と一緒に消えていくのかは分かりませんが。どちらでも良いのです。どちらでも私にとってはwinwinシチュエーションですから!

私のことをいろいろ思ってくれて有難う。私の癌は真理ちゃんの「本当の自分探し」にも少し関与しているのかもしれないね。

(注:当然ながら、彼女の経験は誰にでも当てはまる、同じようになるというものではありません。私なら、手術だけは受けるだろうな、と思うし、他の事故・ケガ・急病(重症)のときは病院に駆け込みます!)

Make your own Health!

新年だから、と特別に思ったわけではないのですが帰省先からロンドンに戻ってきて、息子がたまたま早く寝た夜、ふと思い立ってブログのページ登録をしていました。タイトルはどうしようかな・・・むむむ・・・キッラーン♪

「Make your own health」

英語で「Make your own・・・」というとよくTシャツとか、カードとか自分オリジナルの・・・を作るという風になります。

日本語に直訳すると「あなた自身の健康を作る」という健康増進月間みたいなタイトルになってしまうのですが、伝えたいことは「あなたの健康は自分で作りましょう、決めましょう、変化させましょう」ということです。

医者である私がいうのも変かもしれませんが、多くの具合の悪さ、病気は自分が作り出していると思うのです(もちろん意図して具合を悪くしようとする人はいないでしょうから、知らず知らずのうち(潜在意識から)です)。

遺伝だから、たまたま感染してしまった、今の科学の限界で理由はわかっていないだけ、たまたま運が悪かった、と私もず~っと思ってましたし、まだ思っている部分もありますが、今年は一歩勇気を持って踏み出して真実を探す探検に出てみたいと思うのです。